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Dementiaにおける分散型臨床試験のLessons learnedと展望
IQVIAジャパン メディアセミナー(2023年11月9日開催)レポート
Corporate Communications, IQVIA Japan
Mar 25, 2024

IQVIAジャパンは過日メディアセミナーをオンライン開催。新型コロナパンデミック以降の分散型治験(DCT)の展望や臨床開発の洗練化について、東京都健康長寿医療センター副院長(脳神経内科部長兼務)の岩田淳様による、認知症治療薬の開発おける経験を踏まえたご講演をいただきました。

Keynote

グローバル治験時代における日本の治験環境

現在、「グローバル治験」が顕著になっている中、PhRMAとEFPIAが、どの国で治験するかはクオリティ(EDCの入力、Queryの回答コンプライアンスや逸脱数)、スピード(投与例数、施設、月)、コスト(CRAの担当施設数、訪問回数)など多角的視点から、その国の治験パフォーマンス情報をもとに決定していると報告している。その中で日本は、クオリティに問題はないが、スピードが遅くコストが高い=「生産性が低い」という評価を受けている現実があり、医療機関、企業ともに国内の治験件数が減少し、最新治療を患者に届けられない研究後進国への衰退が懸念されている。

また、COVID-19パンデミックの影響によって、組み入れの遅延や新規治験開始の遅れ、受診できないことによる途中脱落者などが多く発生した。しかし、そうした状況がDCTを一気に拡大させ、新しいテクノロジー治験・医療のきっかけとなったことは事実。

柔軟性の高いDCTが認知症領域、がん領域でも新たなスタンダードとして定着する流れになっている。オンライン組み入れなどの結果、治験への参加負担は軽減され、新薬の享受者でなく共創者とみなされるようになったことから、FDAのガイダンスにおいても治療の対象としての被験者(patients)から医療価値創出における参加者(participants)へと表現が変わるなど、期待や役割において大きな変化が起きている。

DCT(分散化臨床試験)登場の背景

医療機関が中心であった従来の臨床試験から、来院に依存しないPatient Centricity(患者中心)の臨床試験へと移行した背景には、Patient Centricity概念の浸透、インターネットの普及による「物理的距離」の解消、デジタルデバイスの進歩による情報収集の制限の解除(追跡可能)、顧客中心の産業構造への変化に加え、COVID-19の影響がダメ押しとなった。

また、オンライン診療などに加え宅配技術の発展により来院しなくても薬剤、資材が自宅に届くスキームが定着したことも、患者中心モデルの浸透を後押しすることになっている。

病院内での広告ないし募集だけで参加者を集めていた状況から、完全DCTの場合は一度も病院に来ることなく参加が可能になり、一部DCTの場合では対面とのミックスで医療行為を含めてのライン構築が定着し始めている。

DCTへの期待、Dementia(認知症)領域での展望

DCTで期待されるポイントは大きく、以下の三点。

  1. 治験参加者の心理的障壁の緩和と治験への関心の増大
  2. デジタルデータ取得による質の高いデータセットの構築
  3. 治験依頼者の経済的負担の減少により治験数が増加

日本の産業、医療機関、患者、スポンサー全てにおいてメリットが多い。治験責任医師は、複数施設の担当が可能になり、それにより治験参加者も評価や投薬、検査、注射などをさまざまな場所、施設で利用できることになる。特に認知症領域においては認知機能検査を対面の心理士に頼らざるをえなかったが、リモートによる中央評価でバイアスやばらつきが解消され評価の均一化が向上すると考えられている。また、中央コーディネーターも参加者、スタディー・パートナーと終始接触できるなど、ICTを最大限に活用することは、評価の標準化、治験の参加継続率の向上に大きく寄与する。

分散化によって検査毎に医療機関を使い分ける、訪問の受け入れを行うなどもメリットのひとつだが、認知症領域では、綿密な患者へのサポートが可能になるため特に介護関係者など「外部組織」の活用も大いに期待されている。

DCTと認知症領域との親和性

リモートやバーチャルを用いた分散化治験の総数は、2010年から2022年にかけて右肩上がりで30%以上増加している。またパイプラインの領域別でみると、オンコロジー領域の次に認知症が含まれるニューロロジー領域が多く、超高齢化社会である日本は高齢者に多い認知症やパーキンソン病などニューロロジー領域の治療薬マーケット、高齢者に対する治験のロケーションとして大変魅力的だ。

また、認知症領域では近年新規薬効を持つアルツハイマー病治療薬が各種誕生し、アミロイドを消去するより安全性の高い新薬への期待値も高い。まさに「四の五の言わずに老人斑を消そう」という流れだが、アルツハイマー病の治験にかかるコストは、抗がん剤の約7倍という点で開発中の薬剤は多いが治験が進みづらい現状にあり、米国で施行されている治験のうちがんと認知症では2桁の差がある。

認知症治療薬治験の高コスト要因

  1. 進行が緩徐なため治験期間が長期にわたる(最低でも半年〜1年)
  2. アミロイドPET、タウPET、複数回のMRIなど高価な診断
  3. 高額な認知機能検査(版権及び、心理士の雇用が高額)

※認知機能検査は、評価のばらつきをなくすため評価過程の録音、録画を高度な経験を持つ心理士が再度評価し、修正、教育を行うことが多く、高額かつ手間暇がかかる。

こうした中、より良い治験の評価方法の構築、コスト減の側面からもデジタルの活用が期待されている。コンピューターで認知機能検査を行えば、心理士の能力のばらつきによるヒューマンエラーの軽減とデータのスクリーニング機能を向上させられ、コストを抑えた治療薬の開発促進にもつながると考えられる。

認知症領域でのDCT導入トライアルと課題(2016年)

2016年、東大病院では以下の問題解決のために、パイロット的にDCT (医療・見守りに関わるさまざまなユーザーが情報を共有できるプラットフォーム「わすれなびとシステム」)を導入したが、実装には至らなかった。

  • 医師側の問題
    認知症医療はパーソナル性が非常に高く、患者ごとに問題が異なり、多岐にわたる上、刻々と変化する。また、外来受診時だけの相談では時間的な制約を受け、患者本人には言い難いことも多い。
    服薬の支援が最も困難な疾患だが、医師がその状況を把握することは容易ではない。
  • 患者側の問題
    認知機能検査は説明を受けても内容が分かりにくい。
  • プロフェッショナル間の問題
    認知症患者とその家族に関与する医師、看護師、ケアマネージャー、薬剤師、介護士、理学療法士というプロフェッショナル間での「情報共有」が困難。月に一度などの定期的な会合も有用だが、認知症領域では特にタイムリーな情報共有こそが重要。

当時のパイロットのふりかえりとして主に以下のような課題が抽出された

  • iPadの使用を前提としたスキームであったが、当時の認知症患者自身、介護者にも馴染みがなく、ITリテラシー不足が顕著であったこと。
  • 東大病院が一次医療圏施設ではないため、地域医療圏として「顔の見える」診療、在宅とのシームレスな支援に至らず情報の断片化が起きたこと。
  • 薬剤師の訪問は良い面もあったが、患者側の拒否反応も少なくないことが判明したこと。
  • 自由記入を前提にデータ内容や形式に規定がなかったため、必ずしも治験に必要な情報が得られなかったことなどがあげられる。

認知症初期は医療の果たす役割が大きいが、進行期では介護の方に主体が移動するため、患者に関与するプレーヤーとは「顔の見える」関係性が重要となることが分かり、大きな教訓となった。

認知症プレクリニカル(発症前)期=DCTの有効性

認知症の特徴として、重症になると薬の効果がなくなるため医療より介護の役割が大きくなり「顔の見える」ケアが重要になる。しかしその分、自覚症状もなく医療にかかる以前のプレクリニカル期から医療が携わっている軽症段階は、「顔の見えない」DCTとの親和性が高いと言える。プレクリニカル期とはいえ、50代の10%には脳内にアミロイド陽性反応が見られるため治験のターゲット層であり、多くが仕事をしながら日常生活を送っているプレクリニカル期こそ、通院の必要がないDCTの活用が有効だと考える。

米国で進んでいる治験・診療試験(ADNI4研究)は参加者の人種構成がリアルワールドと乖離しているなどの問題があり、そうした状況からもオンラインスクリーニングやアウトリーチ活動、地域社会との連携が求められることが分かっている。

DCT車両の活用

日本でも民間企業が進めるDCT車両(※医療MaaS車両を手がける自動車メーカーと連携し治験MaaSを普及予定)活用への期待が高まっている。患者宅や勤務先、通学先付近に停車した車両内で診療、検査、処方が可能なため、在宅訪問型に比べ、衛生面や参加者の利便性、プライバシーへの配慮で心理的ハードルを緩和するなどの大きなメリットがある。

DCTの課題(ピットフォール)と展望

現状では、プロトコルに含まれる DCT要素の詳細な説明と正当性が不十分な点を孕む。例えば参加者が安全性情報の報告責任を担うことの適切性、参加者との関係構築が不十分となり、参加者の遂行力と参加要件を十分に評価できない可能性などの懸念がある。また、現時点ではDCTの有効性に関する情報が限られるため、データの質の担保への疑問、ITリテラシーの高い世代など偏った集団の組み入れの可能性なども考えられる。他にも収集される大規模データセットの解釈が困難、新規のデジタルバイオマーカーの検証が限定的、規制要件の不透明さなどの課題もあると考えられ、2022年に発表された日本製薬工業協会医薬品評価委員会による「DCTの実施経験」調査では、「DCTの経験あり」と回答した企業はわずか11.3%であった。

疾患やその重症度によってDCTに対する親和性は大きく変わりうるため、効果の検証はこれからという段階ではあるが、DCTスキームによる治験は、COVID-19以降の世界においてある程度確立され、場合によっては治験様式の中核を担う可能性もある。

また、認知症領域でもプレクリニカル期か、極めて症状が軽微な集団においてはDCTが実装されていくだろう。さらなる参加者に「やさしい」DCTスキームの考案が求められている。

IQVIA Information

Clinical Technologyの活用による患者エンパワーメントへの期待と認知症領域への応用』
IQVIAジャパン クリニカルテクノロジー 稲留由美

デジタルヘルスの現状

デジタル化やグローバル化が進む中、新型コロナパンデミックは「オンライン」「リモート」「タッチレス」といった新たな社会様式を加速させるきっかけになった。そのような中、行政当局や業界団体が推進してきた「医療機関への来院に依存しない分散型臨床試験(DCT : Decentralized Clinical Trials)」は、新型コロナワクチン・治療薬の開発でも改めてその有用性が認識された。

現在、テクノロジーを活用した患者エンパワーメントのためのロードマップとして、デジタルヘルスの普及、医療提供者や医療システムとのより良いコラボレーションによって、健康増進、持続可能な健康システム、高齢化や長寿に対応したシステム、慢性疾患の発生や有病率の問題へのアプローチなどが期待されている。

デジタルヘルスの活用面では、一般的にも睡眠スコア評価を見られるヘルスケア関連アプリの利用などが浸透し始めている。数値などの「見える化」による実感が健康意識を高め、医療提供者とのオープンな対話に結びつき、治療オプションやアウトカム、リテラシーを高めることにも寄与。患者が主体的に治療や治験に参加する「患者参画」という状況への期待が高まっている。

認知症領域の現状と可能性

いくつかの課題とテクノロジー活用の可能性として、①プレクリニカル期の治験への参画(治療前の層にいかにアプローチするか)②治験実施中(社会生活との共存、モチベーションの維持)③治験終了後の見守り(アプリによるデータ収集)が考えられる。

DCTによって、同意の取得、詳しい説明の提供、スケジュールや手順の告知など患者負担が大幅に減少することで、従来の方法では治験に参加できなかった層へのアプローチやリーチが可能になる。特に多忙な可能性の高いプレクリニカル期臨床試験参加の入り口として、「eConsent」は動画の説明による理解の促進、高齢者でも簡単に利用できるなどの多様な学習様式、自宅からでも同意説明文書にアクセスできることで家族への相談も簡便になるなど、参加者の包括的な理解向上、記憶の定着や満足度の向上に期待が持てる。また、長期の臨床試験の場合でも手順の遵守や脱落の予防に大きな可能性を秘めている。

テクノロジー、デジタルデバイスの活用によって患者の行動様式にプラスの効果をもたらし、協力してもらう仕組みだけでなく、コミュニケーションを大切にすることで体験結果の共有を促すことも可能になる。IQVIAは、クリニカルテクノロジーの活用によってDCTを支援し、患者エンパワーメントに貢献、社会にとってより新しいエビデンスを収集するエコシステムを構築することで貢献したいと考えている。

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